会社概要
歴史
株式会社小林建設の創業は、大正10年。
創業者は小林運平で、私の祖父になります。
小林運平は幕末に榎本武楊や土方歳三が戦った、函館五稜郭の戦士の末裔。
北海道で海運業の仕事をしておりましたが、その後、妻(私のお祖母さん)の実家があった児玉町に来て、もともと興味があった大工の仕事を始めるようになります。
始めは慣れない仕事に苦労したというが、技量が良くて 地元の大店の仕事も請け負う、とても器用な人だったと聞いています。
孫の私はこのお祖父さんに可愛がられ、 いつも一緒に風呂に入り、お祖父さんの昔話を聞くのが楽しみでした。
実際にお祖父さんの仕事は見たことがありませんでしたが、かつて私が地元で建替工事を請けたとき、立派な建物の天井を剥がすと、梁にお祖父さんの名前が記されていて、「こんなすごい家をつくっていたのだなー!」と、とても感激したことがあります。
私が小学生の頃には、住み込みで働く大工さん達と一緒の生活をしていました。
当時はまだ丁稚奉公として田舎から中学校を卒業すると見習いとして来る時代で、私はその大工さん達が朝早く廊下を雑巾がけする音で目が覚めたものです。
又、夕方には木材の木端(こっぱ)を斧で割り、火を焚き、大工さんが入浴する、五右衛門風呂を沸かすのが私の日課でした。
小さい頃から、そんな家をつくる職人が身近にいる環境は、私にとっては“当たり前”のことでしたが、「家業を継ぎたい」「木の家をつくりたい」と強く感じたのは父親の影響です。
マナーも悪く、口も悪い父親でしたが、お客さんと家づくりの話をしている時だけは、なぜか活き活きと輝き、とても雄弁になり、頼もしい存在でした。
“家をつくる”ことは
魅力的で男として生きがいのある仕事。
そんな印象が幼い頃、心の中にはっきりと刻まれたのだと思います。
そして、
その想いは今でも変わらず、私にとって木の家づくりは「天職」だと 信じて疑いません。
大正10年3月 | 小林運平が個人にて小林建築として営業開始 |
---|---|
昭和33年7月 | 小林建築から小林建設へ名称変更 埼玉県知事許可建設業者登録 |
昭和35年4月 | 先代社長、小林庄平が事業を継承 |
昭和44年12月 | 株式会社に組織変更。資本金500万円 |
昭和58年2月 | 資本金を1000万円に増資 |
平成元年3月 | 資本金を2000万円に増資 |
平成8年5月 | 本庄展示場開設 |
平成12年12月 | 現社長、小林伸吾が事業を継承 |
平成13年11月 | 資本金を4000万円に増資 |
平成15年2月 | 高崎展示場開設 |
平成15年9月 | 業者登録を国土交通大臣許可に変更 |
平成16年2月 | 本庄展示場を“OMエコショップ”としてリニューアルオープン |
平成17年12月 | 住宅事業部を児玉駅前(児玉2454-1)へ移転 |
平成19年10月 | 工務店として単独で初めてグッドデザイン賞 (建物・環境デザイン部門)を受賞 |
平成22年3月 | 書籍「木の家をつくりたい」(著者:小林伸吾)発刊 |
平成23年12月 | 「チルチンびと」(風土社)小林建設特集が発売 |
平成25年2月 | 本社・児玉展示場 “コバケン LaBO” 開設 |
平成25年10月 | “コバケン LaBO” にて2度目のグッドデザイン賞(住宅・住宅設備部門)受賞 |
平成26年7月 | OMソーラー「MVP」(年間最優秀工務店)受賞 |
平成27年12月 | 埼玉県環境住宅賞にて最優秀賞(建築部門)受賞 |
平成28年10月 | ぐんまの家・建設コンクールに優秀賞と2つの優良賞を、全て自社設 計・施工で獲得 |
平成29年5月 | “ギャラリーhinosumika” 開設 (高崎市に2棟目の展示場 OPEN) |